公正取引委員会は12月8日、ソーシャルネットワークサービス(SNS)「モバゲータウン」を運営するディー・エヌ・エー(DeNA)に、独占禁止法違反容疑で立ち入り検査を行ったと発表した。 今回の独禁法違反容疑は、ディー・エヌ・エーが取引する中小ソフトハウスに対して、同業他社のグリーにコンテンツを供給しないよう圧力をかけた疑いによる、拘束条件付き取引と見られている。被害の内容としては、モバゲーのトップページからの導線が切られる、ソフトメーカーにトラフィックデータを渡さないなどがあったという。 ある業界関係者は今回の公取の動きについて次のように説明する。 「公取がディー・エヌ・エーに対して調査に入ったというウワサが、業界内で公然と流れ始めたのは8月。ただし、内偵自体は5月に始まっていたようで、7月にはディー・エヌ・エーとの取引内容を調べているような調査紙が中小ソフトハウスなどに送られています」 「ただ、9月ごろにはディー・エヌ・エーも態度を軟化させ、状況が改善されたという話も聞いていたので、もう公取の指導は済んだのかと思っていました。なぜ今頃立ち入り検査なのかちょっと不思議な感じもしますが、今回の立ち入り検査に至るまで軽く6ヵ月は経過しており、公取は証拠を大量に積んでいると考えて間違いないでしょう」 一方、今回の件が2000万人を超えるモバゲーのユーザーに対して直接的に影響することはほぼなく、ビジネス的な影響は限定的と考えられている。「おそらく、企業イメージのダウンを怖れる企業の出稿取りやめによる広告収入減くらい」(関係者)というのが大勢だ。 しかし同時に、公取の立ち入り検査をきっかけにディー・エヌ・エーの快進撃が鈍ると考えている関係者が多いのも事実なのだが、その理由は何なのだろうか? 本題に入る前に、今回の事件の背景を整理しておこう。右の図に示したとおり、現在、一般的に言われている「ゲーム業界」を大ざっぱに分けると、自社開発ハードを擁する任天堂、ソニー、マイクロソフトによる「家庭用ゲーム機市場」とディー・エヌ・エーの「モバゲータウン」やグリー、ミクシィなど人気 SNSが中心となって形成する「ソーシャルゲーム市場」の2つに分けることができる。 http://diamond.jp/mwimgs/b/4/400/img_b40c091f5c2c23562f2b4c39f6af221b29267.jpg そして、2つの市場(家庭用、ソーシャル)には、主にパブリッシャーと呼ばれる「大手ソフトメーカー」と、「中小ソフトハウス」がソフトを供給している。今回被害を受けたというのは、後者の中小ソフトハウスだ。なお、今回取り上げる大手ソフトメーカーとは、パブリッシャーの中でも一部上場クラスのみを指している。 2009年度における2つの国内市場規模は家庭用ゲーム市場が4540億円、ソーシャルゲーム市場が338億円で、数字だけ見ると家庭用ゲーム市場の10分の1にも満たない。だが、家庭用ゲーム機市場が足踏みをする一方で、ソーシャルゲーム市場はすでに1000億円市場規模を突破し、急成長していると言われている(なお、「ソーシャルゲーム」という名称について、今回は家庭用市場とはっきり区別するため、矢野経済研究所によるソーシャルゲームの定義「SNS上で提供され、SNSのユーザーがゲームを介してコミュニケーションできるオンラインゲーム」を採用した)。 今回のディー・エヌ・エーへの公取立ち入り検査について、ある大手ソフトメーカー経営幹部は、「考えていたよりも遅かったけど、やっぱり入ったなという感じ」という感想を漏らした。 「グリーも含めた2社の商売というのは、日本で1億1千万台(社団法人電気通信事業者協会調べ。2010/11月末現在)が普及している日本独自の携帯市場があったからこそ、成立したビジネス。そこに目をつけた人たちががんばったから彼らの成功があるのは事実。そこは素直に評価していますよ」 「だからといって、モバゲーとグリーが占拠するレッドオーシャン状態のガラパゴス携帯市場で、我々が今以上にがんばる気はありません。もちろん付き合いは続けるけど、ここまでくれば次の市場の仕込みに行った方が効率的。どの大手さんも、いつまでもモバゲーやグリーにしがみつく気はないのでは」 この幹部が語る「次の市場」とは、スマートフォン市場のことだ。中小ソフトハウスはともかく、大手ソフトメーカーは、ガラパゴス携帯市場ではモバゲーとグリーにしてやられたという感情を強く持っている。そのため、次のスマートフォン市場では自ら主導権を握りたいという気持ちが強い。 取引メーカーによっても異なるが、ディー・エヌ・エーやグリーと大手ソフトメーカー間の利益配分比率はおよそ3:7。大手ソフトメーカーにとっては、この「3」が腑に落ちないようで、「任天堂やソニーのようにハードを作った訳でもなく、ドコモやKDDIのような携帯キャリアでもない2社に、なぜ我々が場所代を払ってソフトを供給しなければいけないのか」ということらしい。  そこで「スマートフォン市場では絶対に勝つ」ということで、「SNSを研究するためにも、モバゲーやグリーにソフトを供給した」(前出の経営幹部)そうだ。  大手ソフトメーカーが自前のSNS構築に乗り気なのは、SNSの成功にゲームコンテンツが欠かせないことを理解しているためだ。モバゲーには「怪盗ロワイヤル」が、グリーでは「釣りスタ」の人気が有料アイテムの購買につながり収益に寄与している。もちろん、大手ソフトメーカーもSNSがゲームコンテンツだけでは成功できないことは分かっているが、それでも成功要素のひとつを持っていることは強い。  たとえば、モバゲーに供給している「100万人の信長の野望」が好調なコーエーテクモは、9月に無料ゲームが遊べる自前SNSサイト「My GAMECITY」のベータ版サービスを開始している。「信長の野望オンライン」など有料オンラインゲームから、脳が鍛えられる「平面把握能力検定」などの無料ゲームなどが揃っているが、確かにここに「100万人の信長の野望」が登場すれば、おもしろい展開になりそうな感じではある。  もっとも、ディー・エヌ・エーとグリーもスマートフォン市場は強く意識しており、すでに専用サービスは二社ともスタートしている。たとえば、ディー・エヌ・エーは「MiniNation」というスマートフォンでもアクセスできるサイトを米国中心に展開中であり、一方のグリーは12月6日にスマートフォン向けアプリケーションプラットフォーム「GREE Platform for smartphone」を公開した。  それに加えて2社は、大手ソフトメーカーと近い将来正面からぶつかることを予想しているのかのように、自社の開発体制の強化にも乗り出している。リストラの嵐が襲ったゲーム業界に対して、20代後半から30代前半の非リストラ対象の若手開発者を中心としたヘッドハンティングを行い、大手ソフトメーカーの経営サイドを辟易とさせた。  部下が転職したというある中間管理職は「部下は待遇も上がった上に多額の転職支度金も用意してもらったと大喜びで転職していった」と語るが、確かに似たような話はよく耳にする。ちなみに、様々な事情で職を失った40歳前後の開発者たちもこの2社に対して転職活動を行っているようだが、年齢ではねられることが多いそうで、ゲーム業界といえども世知辛さは他業界と同様のようだ。 前述の通り、SNSの成功の一端をゲームコンテンツが狙っているのであれば、チャンスがあるのは端末開発そのものが可能なハードメーカーも同様だ。「スマホみたいなゲーム機」を作って、生態系ごとイチから作り上げることが十分可能だからだ。  そのチャンスに一番近いのが、ソニーらしい。関係者の話を総合すると、ソニーの携帯ゲーム機「プレイステーション・ポータブル(PSP)」の後継機は、「スマホみたいなゲーム機」とまではいえないものの、子会社のソニーエリクソンと組んで通信機能開発に力を入れた端末になっているという。  あるゲーム開発者は、携帯ゲーム機における通信機能の重要性を次のように語る。「ここまでSNSが流行ると、携帯ゲーム機が携帯電話のように常時ネットに接続できないのは致命的です。音声通話はできなくてもかまいませんが、いつでもネットにつなげて遊ぶ環境はもはや不可欠でしょう。もちろん、 Wi-Fiができるのは分かっていますが、子どもの生活にWi-Fiは敷居が高い。パケット通信のような通信手段の導入は真剣に検討されてしかるべき時期にきています」  だが、そういうことであれば、業界関係者の脳裏に浮かぶのはやはり任天堂の存在だろう。世界最強のソフトメーカーであり、かつハードメーカーでもある任天堂が、任天堂コンテンツが遊べる、スマホみたいなゲーム機を作って欲しいと考える関係者は少なくない。  前出の関係者も「任天堂は来年2月26日にWi-Fi通信によるサービスを強化した『ニンテンドー3DS』の発売を控えているが、ここにパケット通信ができるような通信オプションパーツを『ワンセグ受信アダプタ DSテレビ』のような別売りでもいいのでつけて欲しい。もしそれが可能なら、ゲーム業界も勢いを取り返す可能性は十分あります」と話す。  もし、ハードメーカーが常時接続可能な携帯ゲーム機を発売したら、モバゲーやグリーが提供するネットゲームに押され気味の業界情勢が変化することは、十分に考えられる。ハードメーカーによるスマホみたいなゲーム機の開発を心待ちにしている業界関係者は、予想以上に多そうだ。 振り返れば、エンターテインメント業界はいつも、メーカーが提案する新鮮な驚きを支持するユーザーによって、発展してきた。思いつくままに例を挙げれば、ファミコンのボタンを押すとジャンプするマリオに熱狂し、プレイステーション2が描いた美麗なCGに息をのみ、ゲーム機を触ったことがない全国のお年寄りがニンテンドーDSで脳トレに励み、体重計すらコントローラにしてしまうWiiの貪欲さに舌を巻いたと思ったら、体そのものがコントローラになるキネクトが登場した、といった具合だ。  このように、メーカー各社から提案された新鮮な驚きを、世界中のファンが支持してくれたからこそ、現在のゲーム業界は存在してきたことを業界関係者は誇りに思うべきである。ゲーム業界を含むエンターテインメント業界ほど、弱者いじめのような圧力がビジネスと業界の成長自体に悪影響を与える業界は存在しない。  また、今回のディー・エヌ・エーの独禁法違反容疑について説明する例として、ソニーが90年代、プレイステーションで勢力を拡大する際にソフトメーカーの強引な囲い込みを行ったという一部報道があった。確かに、ソニー(正確には子会社のソニー・コンピュータエンタテインメント)は、98年にゲームソフトの価格拘束を理由に公取から排除命令を受けてはいるが、あくまで流通・販売の話であり今回の話とは次元が違う。  ソニーが90年代後半にプレイステーションのビジネスに成功した理由は、プレイステーションが持つビジネスビジョンやもたらす利益に、ソフトメーカー各社は魅力を感じたためという印象を筆者は強く持っている。仮に強引な囲い込みがあったとしても、それはビジネスの方針決定時にほとんど影響がなかった。 「プレイステーション」のビジネスモデルの長所は、光ディスクを採用したことで流通のあり方を変えたこと、サードパーティでも差別せずにいいソフトは「プレイステーションのソフト」として、ソニーが宣伝したことである。 流通の変化とは、光ディスクはプレスが容易で低コストなため、リピート発注がスピーディに行えたこと。そして、「サードパーティでも差別しなかった」というのは、プレイステーションでソフトを出したメーカーはみな、ファースト、サード関係なく「プレイステーション・ファミリー」であるという高い公共性によって、プレイステーションビジネスが支えられていたことに起因している。  この2点は、任天堂が採用していたコスト高でリピートに時間がかかるマスクロムに悩まされ、かつ高額な宣伝費を捻出しにくかったサードパーティ各社にとって非常に魅力的だった。ソニーは自らつくりだしたビジネスモデルの魅力で、独自の市場を創ることに成功したのである。  このように、ソニーはプレイステーションで独自の市場を創り出すことに成功した訳だが、最後にその件にまつわるソフトメーカーのある有名なエピソードを紹介したい。  1997年、国民的ロールプレイングゲームの最新作「ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち」のプレイステーション供給を決断した旧エニックス(現スクウェア・エニックス)の福嶋康博社長(当時)は、任天堂の山内溥社長(当時)を二度京都本社に訪ねたといわれている。  福嶋社長のドラクエ発売に関する方針は、「ドラクエは国民的人気ソフトのため、(多くの人が遊べるよう)いちばん売れているハードで発売する」なので、プレイステーションがいちばん売れていればドラクエを供給せざるを得ない。ビジネス的にも真っ当な理由によってドラクエ供給が決まったにもかかわらず、それでも任天堂との今までのビジネスにおいて恩義を感じていた福嶋社長は、事情説明のために自ら任天堂を訪問したという。  業界のファウンダーである任天堂や、その任天堂に勝ったソニーがトップの地位を維持できなかったことからも分かるとおり、娯楽ビジネスは今日の勝者が明日の勝利を約束されない、浮き沈みが非常に激しい世界である。そのビジネスの厳しさを知り抜いていたであろう福嶋社長の話は、娯楽ビジネスはいっときのバランスシートの結果だけで成功し続けることは難しく、ましてや強引な囲い込みが通用するわけでもないことを示唆している。ディー・エヌ・エーが生き残りを目指すならば、この福嶋社長の話から学べることは、少なくないのではないか。